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名古屋高等裁判所 昭和59年(う)284号 判決 1984年10月31日

被告人 徳山達人こと李星一

一九三八・八・二〇生 飲食店経営

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人岡本弘が作成した控訴趣旨書及び同補充書に、これに対する答弁は、検察官横山鐵兵が作成した答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点(法令の解釈適用誤りの主張)及び同補充について

所論は、まず、被告人の原判示第二の所為、すなわち、「被告人が普通乗用自動車を運転し、名古屋市中区錦三丁目二五番二一号先交差点付近道路を市道久屋西線方面から武平町通方面に向かい時速約五〇キロメートルで進行中、約四〇ないし五〇メートル前方の信号機により交通整理の行われている前記交差点内の自車進路上に先行車である白石茂運転の普通乗用自動車を認めたが、同車は折から同交差点で一時停止していたのにこれを進行中の車両と即断し、同車の動静を注視せず対面信号機の青色信号を見ながら漫然同速度で進行したため、同車の後方わずか約一九・三メートルに迫つて初めて同車が停止中であることに気付き直ちに急停車の措置を講じたが間に合わず、同車後部に自車右前部を追突させ、もつて他人に危害を及ぼすような速度と方法で運転した。」という所為は、「交差点に入ろうとし、及び交差点内を通行するときは、当該交差点の状況に応じ、……できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない。」という道路交通法三六条四項の規定の違反となるような行為に該当すると主張する。

そこで、原判決を検討すると、原判決挙示の関係各証拠によると、被告人の原判示第二の所為の詳細は、以下のとおりのものであることが明らかである。

1  原判示の交差点は、西方久屋西線方面から東方武平町通方面に向かう東西道路と北方錦通方面から南方矢場町線方面に向かう南北道路とが十字型に交差する交差点であり、そこでは信号機による交通整理が行われている。

2  東西道路のうち、西方久屋西線から同交差点に達する部分は、中央分離帯によつて北側東行車道と南側西行車道とに分けられ、東行車道は四本の車線から構成されており、右各車線のうち、最も南側の(中央分離帯に接する)車線は右折車専用車線であり、そのすぐ北側の(右折車専用車線に接する)車線は右折車直進車併用車線であり、その余の二本はいずれも直進車専用車線である(前記南北道路は北方から南方に向けての一方通行道路であるため、同交差点では西方から進行してきた車両の左折は許されていない。)。

3  白石茂運転の普通乗用自動車(以下「白石車」という。)は、西方から同交差点を直進通過しようとして前記併用車線内を東進し同交差点に進入したけれども、その進路前方で先行右折車(前記併用車線内を西方から進行してきて同交差点で右折する車両)が対向直進車(東方から進行してきて同交差点を直進通過する西進車)をやり過ごすべく同交差点内で停止していたため(この先行右折車に進路をさえぎられたため)、やむなく同交差点内その西側入口付近で停止していた。

4  被告人運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)は、西方から同交差点を対面信号機表示の青信号に従いつつ直進通過しようとして前記併用車線内を約五〇キロメートル毎時の速さで東進し同交差点に入ろうとしていたが、白石車の手前(西方)約五〇メートルの地点に達したとき、被告人は、同交差点内その西側入口付近の白石車の存在を認めた。

5  そのとき既に白石車は前記のとおり同交差点内その西側入口付近で停止していたのであるが、被告人は白石車の動静に注意を払わず、そのため白石車が同交差点内で東進中すなわち直進中であると判断し、その後も白石車の動静を注視しないまま約五〇キロメートル毎時の速さで被告車を東進させ続けて同交差点に入ろうとし、白石車の手前(西方)約一九・三メートルの地点に被告車が達したときになつて、初めて、白石車が前記のとおり停止しているのに気付いたが、そのときにも対面信号機はまだ青色を示していた。

被告人の原判示第二の所為が前記1から5までのとおりである以上、白石車が道路交通法三六条四項で規定している「特に注意し」なければならない対象には含まれていないといわざるを得ない(けだし、同項で「交差道路を通行する車両等、反対方向から進行してきて右折する車両等及び当該交差点又はその直近で道路を横断する歩行者」を掲げているのは、例示的列挙ではなく限定的列挙であるといわなければならないからである。)けれども、被告人の原判示第二の所為は、被告車を前記交差点で直進通過させるべくこの交差点に進入させようとするときに、同交差点の状況に応じ、同交差点内その入口付近で停止中の先行直進車である白石車に対する関係で、安全な速度と方法で被告車を進行させていなかつたことになるわけであり、この所為は「道路交通法三六条四項の規定の違反となるような行為」(同法一一九条一項二号の二)に該当するというべきである。

すなわち、同法三六条四項の規定は、同項で規定している「特に注意」しなければならない対象とされている車両等と横断歩行者とに対する関係でのみ「できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない」ことを定めているに過ぎないと解釈すべきものではなく、以上の車両等や横断歩行者以外の交通関与者すなわち先行右折車や本件での白石車のような先行直進車に対する関係においても、交差点に入ろうとする車両は「できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない」ということを規定していると解すべきものである。けだし、同法三六条四項は、昭和四六年法律第九八号道路交通法の一部を改正する法律により新設されたものであるが、同項の文言、同項制定の経緯(交差点及びその付近における交通事故が年々増え一向に減少の傾向を示していなかつたという当時の社会的情勢を背景とし同法七〇条から独立させる形で制定されたという経緯)、道路交通法における関連諸規定との関係をも加えて考察すると、同項は、交通上特に危険性の高い場所である交差点(その付近を含む。)における事故防止という見地、目的から、交差点を通行する車両等に対し、一般道路とは異なる特別の注意義務を規定したものであつて、同項は、交通整理の有無、優先道路か否か、道路の幅員の広狭、直進、右折、左折等の如何にかかわらず、(該行為が道路交通法上具体的義務を規定した各条に該当しその適用により右行為の可罰性が評価し尽くされる場合を除き)交差点における車両等のすべてに適用されるものと解され、この意味で、同項は交差点における車両等の一般的注意義務を規定したものということができ、かかる趣旨に照らすと、同項は、交差点における事故防止という見地から、右車両等の運転者に対し、同項に定めるすべての義務の遵守を要求していると解するのが相当であつて、その一つに違反するときは、同項違反の罪(故意犯に限る。)が成立するのであり、また、同項後段は、一見甚だ抽象的ではあるけれども、前説示の同項制定の経緯、目的などに照らすと、広く車両又は歩行者の通行状況などを含む当該交差点のさまざまな状況に応じて、できる限り車両又は歩行者との事故に結び付くおそれのない速度と方法により進行することを義務づけたものと解するのが相当であり、同項前段がその対象を限定しているからといつて、交差点のさまざまな状況に対応して具体化する同項後段の義務が同項前段で規定する対象との関係でのみ課せられていると結論することは狭きに失し相当でない。補足すると、同項前段は、交差点におけるさまざまな状況のうち、運転者に(その進路前方に出てくる可能性が強いため)特に注意を要求する必要がある(すなわち、事故に結び付き易い)という見地から対象を限定したものであるところ、本件交差点のように信号機による交通整理(横断歩行者もこれに従わなければならないことはいうまでもない。)が行われている交差点で、かつ、南北道路が北方から南方へ向けての一方通行道路であるときには、同交差点を西方から東方に向け右信号機の青信号に従いつつ直進通過する(又は、しようとする)車両の運転者が同法三六条四項の「特に注意」しなければならない対象は(信号無視の歩行者及び車両並びに一方通行規制違反の対向右折車を除く限り。なお、かかる交通法規違反者ないし違反車両に対しても法が「特に注意」しなければならないと命じているとは到底考えられない。)全くないことになるし、一方、本件交差点を含むすべての交差点において、先行右折車が交差点出口の横断歩行者や対向直進車をやり過ごすべく交差点内で一時停止を余儀なくされているため右の先行右折車やこれに続く先行右折車又は先行直進車が交差点内で立往生しているという光景は日常随所に見受けられる現象で、かかる車両の安全を確保するためにも、これらの車両に対する関係で「できる限り安全な速度と方法で」、後続右折車や後続直進車が(交差点に入ろうとし、及び交差点内を通行するときは、当該交差点の状況に応じ)進行しなければならないとするのでなければ同法三六条四項の規定の新設の趣旨が没却されてしまうことになる道理である。したがつて同項は、前段で

A  車両等は交差点に入ろうとし、及び交差点内を通行するときは、当該交差点の状況に応じ、交差道路を通行する車両等、反対方向から進行してきて右折する車両等及び当該交差点又はその直近で道路を横断する歩行者に特に注意しなければならない(この場合には、これらの車両等及び横断歩行者に対する関係で、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならないことになるのは理の当然で、あえて明文を設けるまでもない。)という規定を掲げ、後段で、

B  車両等は、交差点に入ろうとし、及び交差点内を通行するときは、当該交差点の状況に応じ(すべての交通関与者に対する関係で)、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならないという規定を掲げ、

以上の二個の規定を一個の文章で設定しているものと解するのが相当であり、被告人の原判示第二の所為は、この後者の規定の違反となるような行為に当たるというべきである。補足すると、被告人が被告車の進路前方(本件交差点内における)白石車を認めながらその動静に注意を払わずこれを同交差点内で進行中の車両であると即断し、その後もその動静確認をすることなく約五〇キロメートル毎時の速さで交差点に進入しようとしたのであるから、この行為すなわち同項(後段)違反の基礎となる行為については、その故意に欠けるところはない。次に、道路交通法三六条四項と同法七〇条との関係についてみると、右七〇条が道路を通行する車両等の一般的注意義務についての規定であるのに対し、同項は交通上危険性の高い場所である交差点を通行するに際しての車両等の特別の注意義務を規定したものであるから、両者はいわゆる法条競合の関係にあり、同項違反の罪が成立するときは、同時に七〇条違反の罪の構成要件に該当していても、同罪の成立はないものと解するのが相当であつて、このことは所論が指摘するとおりである。

そうすると、原判決が原判示第二の事実に道路交通法七〇条、一一九条一項九号を適用したのは、法令の解釈適用を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由がある。

なお控訴趣意第二点は、原判決が右第二につき故意による道路交通法七〇条(安全運転義務)違反の事実を認定したのは事実誤認であるというのであるが、前説示のとおり既に控訴趣意第一点が理由ありとされ、右七〇条違反にあたる事由の存在が否定されているのであるから、所論は、その前提を欠き採用することができない。

よつて、量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決(右第二の罪と併合罪の関係があるとして一個の刑を言い渡された他の部分を含む。)を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において更に次のとおり判決する。

原判決が認定した事実(累犯前科を含む。ただし、原判示第二の認定事実も原判決記載のとおりである(その詳細については、前記1から5まで参照)が、法三六条四項違反の趣旨を明らかにするため、その末行に法的評価として「もつて他人に危害を及ぼすような速度と方法で運転した」とあるのを「もつて、自車を交差点に進入させようとするときに、当該交差点の状況に応じ、できる限り安全な速度と方法で同車を進行させなかつた」と改める。)に原判決が挙示する処断刑を出すまでの各法条(ただし、原判示第二の所為につき「同法七〇条一一九条一項九号」とあるのを「同法三六条四項後段、一一九条一項二号の二」と改める。)を適用した刑期の範囲内で、後記の情状を考慮して被告人を懲役六月に処し、原審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が飲酒のうえ無免許で被告車を運転し、しかも、前説示の状況での走行をし、そのため交差点内で一時停止中の白石車に追突した(この追突により人身事故が生じたことが見当たらないのは、僥倖というべきである。)うえ、追突前の急制動により停止した被告車を直ちに発進させてその場から逃げ去り、もつて事故報告の措置をとらなかつたという悪質な事案であつて、その動機、態様に格別酌量に値する事情がないこと、被告人は古くから交通法規違反を重ねており、昭和五四年二月以降の同種前科に限つてみても、無免許運転又はこれを含む道路交通法違反罪により二回罰金刑に、二回懲役刑(原判示の累犯前科であるが、うち一回は罰金刑を併科)に処せられており、その法軽視の態度が顕著であること、原判示第二の事故(物損)に伴う損害について十分な被害弁償をしていないことなどに徴すると、被告人の刑責は軽視することができない。それ故、右第二の損害について、十分ではないがとにかく合計金九万円の弁償をしていること、妻が行方不明であるため、被告人が義務教育中の子供二人(中学生と小学生)を養育していることやその反省態度など、証拠上肯認しうる酌むべき一切の事情を十分斟酌しても、前記程度の刑はやむをえないものと考えられる。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本卓 杉山修 鈴木之夫)

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